「7.脳幹出血からの帰還」カテゴリーアーカイブ

脳幹出血からの帰還8 退院とその後(1)

驚く家族

 退院の報を受け、家族が一番驚いたようです。それもそのはず。一時はいのちすら危ぶまれ、その後も後遺症で全く動けない寝たきり生活等も覚悟していた(「生きているだけで丸もうけ」が合言葉だったというのだからそうだろう)家族にしてみれば、急転直下退院となったら驚きしかなかったのでしょう。

院内生活を思い出して・・・

 私のほうは退院日が近づくにつれて入院時のいろいろを思い出し、これで本当に退院するのかと日々涙していました(本当にすすり泣いていたので同じ部屋の人たちには聞こえたかな?)。このままここで入院生活を送れるようお願いしようかとまで考えたこともありました。振り返って話すたびに言いますが「あと1週間長く入院していたら病院に根が生えていたところ」でした。回復期リハビリ病棟は、自分が移動してきた1か月近く前と異なり、この頃はすいていました。病棟内を散歩中、空いているベッドをいくつも見かけました。だから「追い出され」ているわけでもないのでしょうが(追い出されるような長居もしていないし)、そういう寂しい気持ちになったことも何度かありました。おかしなものです。先月はあれほど退院したかったのに。それくらい「快適」な生活で慣れていたとも言えます。待っていれば理学療法士さんや作業療法士さん、言語聴覚士さんがリハビリに迎えに来てくれ、時間が来ればホールに行って食事ができる。病院食はまあまあでしたが、私のような食事にこだわりがない(うまいとまずいしかスイッチがない)人間にはあっていたかもしれません。量は物足りなかったですが、それも慣れればどうと言うこともありませんでした。

すたすた歩く「病人」

 退院の朝、老両親が迎えに来てくれました。二人とも70歳を超えたその両親を後ろに従え、わたしが先導して病院内をすたすたと歩きました。二人とも後ろについて歩いてその様子(というか後ろ姿)を見て驚いたようです。廊下で偶然主治医と会い「まるでどこもおかしくない人のようだ」と言われます。そんな状態でした。