今後の公立高校入試関係の発表スケジュール

 来春の岐阜県公立高校入試の方法(基本的に変更無し)、日程や学科再編などの基本事項は既に発表されています(今年は例年より遅かったんですが。学科再編の他は大きな変更がない割に)

これはこのサイトの別ページにもある(はずの)今後の予定をまとめた表。例年は何事もなければこんな感じ。

 次は例年7月末までに出すという入試の実施概要(一般の選抜で学力検査(入試本番のテスト)と内申の比は何対何なのかとか面接他の検査はあるのかとか、独自検査の枠があるかないかとか、ある高校は定員の何%とるのかとか、独自検査を受けるために必要な要件は何なのかとか、独自検査で何をやるのかなどを各高校が決めたもの。制度が定着してきたので大きな変更をする高校はそんなに無いだろう、つまり例年通りに近いだろうとは思いますが)の発表待ちです。

この前出かけた岐阜公園。駅前の像からして「信長推し」に見える岐阜が大河ドラマの影響か斉藤氏の幟を立てているのはどっちつかずな感じが…個人的には美濃と言えばやはり斎藤道三でしょ、とは思うが。信長は「岐阜」の命名者でもあり大きな存在ではあるのだけど尾張の人だから。

 さらに9月頃には今春入試の平均点等が公表されるはずです(入試直後にテレビで出た予想平均との答え合わせをしますね。ちなみに昨年はドンピシャと言っていい当たり具合でした)

これも岐阜公園。何年ぶりだろう、来たのは。時々車で前の通りは通っているが…。

 なお、受検生(受験生)にとっては気になる各高校・学科の定員は10月中に出ます。年内の大きな発表はここまでですね。

ちなみに観光目的でなくあくまでも体力作り、健康維持のための「散歩」の一環です。同じところばかりを散歩していても飽きますからね。

 というわけで7月末までは公立高校入試をめぐって大きな動きはありません。と書いたもの、この時期に「卓袱台返し」とも言える大変化を発表した年もありましたし、昨年はいったん出した日程その他を秋になってコロナの影響で大胆に変えるなんてこともありました。そういうこともあるので何とも言えませんが、今年が普通の年ならそうなるでしょう。

換気扇

 大変役に立っている。この塾ができた当初、というかほんの数年前まで黒板を使いチョークで書いて授業をしていたので、換気扇は絶対に必要だった(ないと教室がチョークの粉で…)。やがて電子黒板代わりとしてプロジェクタを使うようになり、教室にPCを置くようになってからは黒板・チョークを卒業してホワイトボードに移行したから、しばらくは換気扇の出番も(掃除のときや講習やテスト対策時の食事どき、生徒入れ替え時以外)あまりなかった。

久しぶりに近所を歩いて出かけたときのもの。児童公園のような「都市公園」まで。その近くの水路。ようやく鯉の姿を写真にちゃんと収められた気がする。分かるかな?

 が、世間がこのコロナ禍である。換気をすれば全てを防げるわけでもないだろうが、少なくとも三密の一つである「密閉」は避けられる。三密のうち密集・密接については教室の座席を空けることで昨年から対応している。消毒液はもちろん備えてある。換気については窓を単に開けるだけよりも、吸気口を確保し(これも建設当初からついていた)、換気扇で強制的に換気するのがよいだろう。これからの季節、エアコンを運転しながらの換気になるから、理想は今流行りの「換気しながら運転してくれるエアコン(エアコン自体が外気を取り入れる外気導入カーエアコンのようなルームエアコンだ。車に当たり前のようについているこれがなぜもっと前から注目されなかったのか疑問だが)」なのだろうが、その次に理想的なのはこの換気扇だろう。窓を開けていたからと言って本当に換気しているかどうかなかなか体感できないが、吸気口を確保して換気扇を回していれば確かに換気していると空気の動きで感じられ、余計な機械で計測しなくも実感できる。

散歩中、たまたま遭遇したので。退院後の散歩でも何度か撮影したかな。もう少し長くこの鉄道のお世話になるかもしれなかったが(定期券や回数券などを調べていた)意外に早く車に乗る許可を警察からいただけた。そういう意味では入院中の自分自身の想定よりも早くここまで来ているんだなと感慨深い。

 というわけで対面授業に戻っている今、授業中はがんがん回している。電気代が気になるが、去年の夏にもこのスタイルは経験済みだから想定の範囲内には収まるだろう。夏の暑さが去年並みで済めば…。

兄弟4人/100年の重み

 この前、「姉2人が同じ高校(北高)で妹も同じだった凄い同級生」のことを書いたが、何のことはない、ウチの塾生でも兄弟4人塾に通ってもらったありがたいご家庭で皆揃って北高に進んだ事例があったではないか。3人までは(そして3人揃って北高というのは)我が塾でも他に例があり、こちらも大変お世話になったご家庭だが、さすがに4人というのはそのご家庭だけである。上の2人は大学も出てもう働いていると聞いている。一番下の子が「初めて塾に来た」ときはお兄さんの入塾面談のときで、まだお母さんのお腹の中だったと言う逸話を在籍中に話していたのを思い出す。そのご家庭とのご縁は一番上の子に遡る。一番上の子が中学校に上がるときに塾を探していて、ご本人からうちを選んでいただいたという話を伺ったことがある。彼の選択がのちの弟たちにつながったのだった。ご縁とは不思議なものだ。

休日に百年公園を訪れたときの写真。平日心歩くと誰もいなくて寂しげだが、さすが休日には人が来ている。

 先日は県教委の定例会議が開催されたそうでこれは急でも何でもなく以前からアナウンスがされていたが、傍聴に出向こうという気はなかった。来春の高校入試に関する方針はもうあらかた決まっているから重要な決定はされないかなと。というか事前に議題が分からなければ行っても意味がないかなとも思った。それ以前にこの会議自体、事務方が用意した議事を承認するだけで自由討議のようなことはないようなので、本当は以前あった入試諮問会やら先日のなんちゃら協議会のような会議こそ公開してほしいことをやっているようだ。

 そんな中、県教委の年間予定が掲載されていた。見ると創立100周年という高校が結構ある。100年前と言えば1921年、大正時代だ。前身の旧制中学校などから数えてだろう。大正デモクラシー期には日本の経済発展に伴ってこの岐阜県でも教育の充実も図られたのだなと言うことがよく分かる。この中には今日、存続の危機に瀕している高校もある(当分は定員の調整のみで統廃合などの整理は当面しないと県教委は言っているが)。100年と一言では言うが、その重みを考えると、これから先の高校の統廃合は容易ではないだろうなあと思う。

高校見学会

各高校のホームページに高校見学の案内が続々上がっている。昨年は春に休校期間があり夏休みが短縮され、夏休みの高校見学がほぼ中止になって秋の週末にずれ込んだが、今のところ今年は例年のように夏休みに実施の方向である。こう書いて改めて去年の異常さに気付く。去年の中3生は夏の最後の大会も奪われ、高校見学も秋になり、修学旅行も日帰りの代替行事になり…本当に大変だった。

写真は先日出かけた岐阜ファミリーパーク。野球場があるので記事等で名前は知っていたが出かけたのは初めてだった。平日の昼間、誰もいない。

例年のように県教委のサイトで高校見学の案内をまとめるようなことはしていないようだ。

本当に誰もいなかったファミリーパークの通路。歩くぶんにはちょうどよかった。

私が中学生だった遠い昔には高校見学などなかったので、自分の受験校に行ったのは入試当日が初めてだった。いや、前日に下見はしていたのだが(自転車で30分以上かけて行った。当時は自分で自転車で行くのが当然だった)、もちろん中には入っていない。当日は下見のコースとは異なり、お姉さん2人がそこの高校生だったという同級生に先導されて(ちなみにその家庭は妹も同じ高校だった。今から思うといろんな意味ですごい家庭だ)、裏道というか自分が全然知らない住宅街の細い道を通って行った(それが通学路にもなるのだが)

まるでゴルフ場のようだが(この前もあったな、そういうところ)、ファミリーパークでの一コマ。

大学受験のときも「大学見学」やら「オープンキャンパス」などというものはなかった気がする(あったのかもしれないが関心がなかっただけかもしれない)。やはり入試前日に下見したのが最初に行った日、それまでは場所も外観も知らなかった。当時は高1、高3のときの遠足の行き先が京都で(高2が修学旅行で不在の間だ)、高1のときは嵐山方面、高3のときは東山方面だったので(バスでみんなで出かけて降りたら班別自由行動で夕方集合、どこに行くのも自由というフリーダムな遠足だった。電車やバスで遠くまで行った班もあったと聞く。私は嵯峨野やら東山方面を真面目に巡っただけだが)、京都大学のキャンパスには高校3年生のときに行った覚えがあるのだが。そうそう、自分から(学校行事とは別に)志望校に出かけた者もいた。高1のときに某私立大学を訪問してそのファンになり、そこに行くためだけに方針を練って勉強していた同級生がいた。在学中は「そこまでして…」と正直少し思ったが、彼は自分の希望通りの大学にうかっていった。大学受験は「真面目に普段の勉強をする」だけでは駄目で、戦略が大事なのだ。

高圧線がなければいい景色だ(ファミリーパーク)。
何の施設かなと思ったら体育館らしい。このほか自然の家も併設されている(ファミリーパーク)。

大学受験と言えばこんなニュースがあった。

記述式・英語検定、断念へ 共通テスト導入「実現困難」
https://news.yahoo.co.jp/articles/f8721eb20768fc350574b8d93667baaa0837e328

(前略)2025年1月以降の大学入学共通テストにおける英語民間検定試験と記述式問題の導入について「実現は困難と言わざるを得ない」とする提言案を示した。(後略)

ファミリーパークは野球の試合会場としては以前から知っていたが、来たのはこのときが初めてだった。立派な球場で感心した。場所は分かったので今度ここに応援に来ることになっても道に迷うことはないだろう。野球場の向こうは東海環状自動車道。PAもありスマートインターもあるようだ。全面開通すれば西濃地方からも行きやすい球場ということになるだろう。

2025年の共通テストと言えば、今の中学3年生が現役の入試だ。今回の一連の入試改革騒動は何だったのだろう。今の高校生、そしてもう大学生になっている世代は相当振り回されたのではないか。導入検討前から反対論や慎重論も根強かった今回の一連の「改革」は、名前の変更が一番大きかった(細かい傾向や内容の変化は種々あったが)ということで終わるのだろうか。

第11回 岐阜県新型コロナウイルス感染症 教育推進協議会

今日、開催されることは県のサイトに載っていましたが(以前も書いた気がしますが日本語能力が問われる会議名ですね…)、岐阜県がいわゆる「まん延防止等重点措置」の対象から来週以降外れる方向で、その後の学校の対応について話し合われたようです。その話し合いの内容や結果については県のサイトには掲載されていませんでしたが(明日載せるんかなあ)、報道発表はされたんですね。以下は岐阜新聞のサイトから。

修学旅行・遠足は可能に、部活動は練習時間の制限なし 「まん延防止」解除後の指針まとめる、岐阜県
https://www.gifu-np.co.jp/news/20210616/20210616-79196.html

 岐阜県は16日、まん延防止等重点措置の適用を受けて、活動の時間や練習試合の実施に制限を設けていた学校の部活動について、重点措置が20日に解除された場合、感染防止対策を徹底した上で、練習時間などの制限を設けない指針をまとめた。原則中止としていた修学旅行、遠足、校外学習も実施を可能とする。早ければ21日から指針を運用する。(以下略)

 修学旅行をやるとして、行き先はどうなるのでしょうね。東京都の新型コロナ感染者数は下げ止まりの傾向ですから(それで五輪をやるというのですからその後の感染が抑制出来るのかも微妙)、中学生の定番の行き先である関東方面は多くの学校が避けることになるかもしれませんね。沖縄も全国で最悪の感染状況ですから、高校生の定番の行き先である沖縄も避けることになるでしょうか。

何にせよ今年は去年と違い行事が行われることになりそうでそれ自体はよかったです。部活動の最後の夏の大会も行われることになりそうですね。願わくば安心して行事ができるような落ち着いた感染状況に全国的になりますよう…

少年の日の思い出

といってもクジャクヤママユの話ではない。子どものころ、よく連れて行ってもらった場所に今日は昼から行ってみた。畜産センター公園。

何せ二桁もいかないころの幼いころの話で記憶も曖昧だ。こんな感じだったっけと思いながら歩く。駐車場に車は複数止まっていたが、公園の中に入ると誰もいない。

ゴルフ場みたいだが公園である。

と思っていたら芝生広場の木陰に幼い子を連れた母親らしき方を見かけた。あとは工事か作業の人。ハイキングコースも回れば距離も出そうだったが、今日は止めておいたというか柵がしてあった。通行止。

最近人気のメタセコイアの並木だろうか。結構な太さだからメタセコイア並木がブレイク?する前から植えられていたのだろう。
道路を挟んだ向かい側。こんなところに薬科大の薬草園があるとは知らなかった。

ここでは結局、2000歩ほどにしかならなかったが、他の場所に移動して午前とあわせて1日合計1万歩は達成した。まあそうまでして歩きたいなら久しぶりに町内の公園に徒歩で出かけたらどうかと自分でも思ったが。今度そうしよう。春のときとは沿道の景色もだいぶん変わっているかもしれない。

再生、賢学塾

今日、久しぶりに外の掲示を出してみた。看板を変えてから、特に2階の上の看板を生かす意味で2階の正面の窓はおとなしくしていることが多かったから。

看板と言えば、前の電話番号がなくなって看板から電話番号を消して、それっきり外に向かっては電話番号を示すものがなかった。看板屋さんに看板の電話番号を消してもらったのは4月。それもあって新しい電話番号(ここに行き着くまでにも紆余曲折があって時間がかかったなあ)を掲出することにしたのだった。0584-92-5965、「地獄の向こう」とも読めるこの新しい電話番号を個人的には結構気に入っている。病という「地獄」の向こう側へ飛び越えて新しい世界を作るこれからのこの塾を、この私を見てくださいという前向きな感じがしていい。「急にご苦労、ここです」とも読める。あの日(2020.12.24)我が家に駆けつけてくれた救急隊員の方たちにかけたい言葉。あのとき初めて私は救急車というものに乗ったのだった。救急車→病院と全ての手際がよかった。私が今、こうしていられるのも関係する皆さんのおかげだと感謝している。「くじ、ご苦労、5等でした」とも読める。当たりくじを引くのは簡単なことではない。まあ5等が末等ではないかもしれないし。「ご苦労、子どもたち」とも読める。本当に彼らはよくやっている。番外編としては「邦子、黒子」とか「こくのあるロゴ」というのもある。いずれも意味が分からない。ちなみに5965はデジタルな書体だと上下逆にしても同じになるはず。

さっそく新電話番号の入った名刺も作った。便利な時代だ。すぐにできて届いた。これで前の電話番号のところをボールペンで線を引き訂正した格好の悪い名刺ともようやくお別れである。

古戦場跡とテスト対策と

学校で中1・2(現中2・3)が3学期の期末テストをやっていた頃はまだ病院の中だった。回復期リハビリ病棟で退院はまだかなと(現実を伴って)考えていた頃だ(自分の身体の現実を伴わない退院願望は1月中旬にあった。あの頃は急性期病室の環境に絶望して早く脱出したいと思ったのだ。その後、同じ急性期でもマシな病室環境に変わって気持ちが落ち着いたが)。3学期の(中1・2)「期末テスト対策」の時期というと回復期病棟内を必死に歩いていた頃だ。あんまり必死に病棟内を歩いているという報告が上がったせいか、担当医から特別な許可が出て病院の建物外に出て敷地内を少し歩いたりもした(コロナ禍のため入院患者を外に連れ出すことは御法度だったようだ。普段担当でない理学療法士が驚いていたが「ドクター指示」の一言で納得していた。コロナ禍前はそういう機会もあったそうだが)

本文とは全く関係が無いが、先日訪れた古戦場跡だ。小学生のときから何度も来ているから周辺の事情もよく分かる。が、「陣場野」と呼ばれるこの陣地跡もだいぶん雰囲気が変わった印象。コロナ禍が無ければもっと観光地として売り出せたのだろうか。
一番変わったと言えばこれだろう。この施設はまだできたばかりのはず。中には入っていない。またコロナ禍が収まったらゆっくり中も見よう。

外を歩くというその日がちょうど寒い日にあたって、暖かい病棟内(冬でも昼夜問わず24~25度はあったようだ)の生活に慣れていた私には少しの時間だが寒さが身に凍みた覚えがある。と同時に、担当医も語っていたが病棟内の平らな廊下とアスファルトや芝生が広がる外では歩く感覚もだいぶん違った覚えがある。その後の退院生活のためにもいい経験だった。退院してすぐはジョギングコースなどばかりを歩き、公道など凸凹道はなるべく避けていたかな。しばらくして公道を歩くようになり、今はまた、凸凹を避けているのではないが、公園中心の散歩だ。

関係ないシリーズでこれまた先日訪れた古戦場の決戦地の碑、高校の「日本史」で習う陸軍大将 宇垣一成が揮毫したことは以前から知っていたが(つまり建立が戦前)この日もまた見たのでパチリ。

そういうわけで、「テスト対策」というのが久しぶりだ。去年11月の2学期期末テスト対策以来となる。テスト対策をやると「ああ、塾の現場に戻ってきたんだな」と改めて実感する。今来ている子たちもよく頑張っているから、とてもやりがいがある。ありがたいことだ。この塾を開いて20年以上になるが、こういうことには恵まれ続けたといってよい。いい子たちだ。この春、高校にうかった子たちは、ありがたくも彼ら彼女ら自身が企画して集まってくれた。今思い出しても泣けてくる。高校でも定期考査の時期のようだ。元気にやっているだろうか。

これも関係が無いが敗軍の将の陣地。人気スポットでこの町が一望出来る。逆にこんないい場所に陣取って負けたのね…。

世間を見ると岐阜県の新型コロナウイルス感染者数が下げ止まりなのだろうか、以前なら多いと思われていた水準に「下がった」ところで止まっているようだ。秋には学校でもさまざまな行事が予定されている。夏には最後の部活の大会もある。それまでにはこのコロナ禍が収まっているといいが。