脳幹出血(脳卒中)からの復活を目指して8

作業療法士に合格

 数年前に大垣商に進み、その後も進学した卒塾生から昨晩、連絡があった。作業療法士の国家試験に合格したと。コロナ禍の中、大変な勉強であっただろう。おめでとう。

 私も入院中にさんざんお世話になった作業療法士さんだ。私の左手がこうしてPCのキーボードを叩いているのも彼らのおかげ。貴重なお仕事だ。4月から社会人だろうか。私がお世話になった人たちのごとく、立派な作業療法士になって一人でも多くの患者の助けになってほしい。頑張れ。

道の駅

 昨日も散歩に出た。午前中は一昨日も行った児童公園まで、と思ったが、途中の交差点で考えを変えて、隣町の道の駅まで。以前「車で行くような施設に歩いて行くなんて」と自分で揶揄していたところである。「車で行くような施設」に本当に歩いて行ってしまった。言行不一致。あるいは朝令暮改?

川を越えて隣町へ

 まずはこの前も渡った橋を通り、近所の川を越えた。車だとあっという間だが徒歩だとこれだけでも結構ある。

メタセコイア

 一昨日の続きのようだが、またメタセコイアの木が尖塔のように立っていたので。やはり目立つ、気にしていると。

到着

 4000歩以上歩いて到着。往路でこれだけだと往復で・・・8000歩以内に抑えるのは無理かな。一度にこんなに(無休憩で)歩くのは退院後初めてかもしれない。

県岐商が・・・

 で、帰り道も同じ道を通る。違う橋を通ることも考えたが、radikoで聴いていた高校野球で県岐商はサヨナラ負けするし(残念…でもこの件とはあまり関係がない)大回りする気分ではなかった。

 麦?成長がいいようで。青々していたので撮影。我が町にも転作だろう麦畑は点在しているが、まだもう少し背が低かった?気がする。頑張れ(何に対して?)

 往路ではそれほどは感じなかったが、橋の長いこと。

8,300歩で終了

 ようやくという感じで家に着いたときは約8,300歩になっていた。いい天気だしどうしようか迷ったが、翌日(つまり本日)も晴れる予報だし、一昨日に12,000歩も歩いているしということで、昨日はこれで打ち止めにした。

脳幹出血から3か月

 それにしても「闘病記」のはずが単なる「散歩日記」になっている昨今…。今日で倒れてから3か月という節目だった。振り返れば3か月前、思いもよらぬことで倒れ、生きるか死ぬかの境にいた。あの郷土のプロレスラー・橋本真也が若くしてこの世を去ったのも脳幹出血が原因だったと知ったときは、自分でも戦慄した。倒れてから意識がはっきり戻った当初、自分がおそらく「脳卒中」で倒れた末に病院にいることは分かったが、そんな生死の境目を歩いていたとは知らなかった。後遺症があると言っても日常生活はできて深刻な後遺症に苦しみ悩み続けているわけでもなく、今こうして「闘病記」もどきの「散歩日記」を書いて、この世を謳歌していることが奇跡だ。「強運の持ち主(by主治医)」らしい(その割にはこの前のバレンタインジャンボ宝くじは3,000円×2本だった。確かにかすかな?運はあるかもしれない。これに関しては「強」ではないが)。それに感謝しつつ、これからのことも考えなくてはならない。