脳幹出血からの帰還25  自宅療養生活(10)

卒業生からの電話

 塾の卒業生(彼は昨年春に大学受験で不本意な結果だった)から昨夜電話があり、京都大学法学部に無事合格したとのこと。ずっと気にしていたが、この1年、さぞ苦しかったろう(そういうことを表に出すタイプではないが)。制度の狭間でもある。コロナ禍で異常な環境下でもあった。高校3年間、忙しい部活動をやり切って学業でもこの結果、本当によくやったと思う(自分にはできない)。これからも頑張ってほしい。それにしても京都での大学生活、うらやましい。

魔法の血圧手帳!?

 次の外来診察、来週月曜日の予約なのだが(たぶん次の薬もそのとき)、この前の「リハビリ前診察」で担当医に血圧手帳を渡されたとたん、血圧が下がってきたので(いい意味で)困っている。魔法の血圧手帳か?その人に渡すだけで血圧が下がるという不思議な手帳?ドラえもんの道具じゃあるまいし、そんなわけはない。家での生活、退院してからの2週間あまりで特に変えたところはないのでやはり暖かくなったせいか。腫れ物というか貴重品を扱うように接していた家族が、意外にも(というか想定以上に)元気な私の様子を見て普通(に近い)対応に変わったせいかなとも思う(自分も退院直後は「すぐに再発するのでは」と妙に緊張していたかもしれない)。

黒衣高血圧!?

 やはり退院直後は環境の変化で(自分の家なのに)やや血圧が上がったのかもしれない。逆は聞くが(病院で血圧が上がる人。「白衣高血圧」というらしい)、入院していたときに低い血圧で家で血圧が上がるとは何だと思っていたが、そういうこともあるのか。2月(20日の退院後)と3月では、3月のほうが明らかに血圧が下がっている(ちゃんと統計(と言うほど大げさなものでもないが)を取っている)。

1万歩にはまだ到達していない

 散歩は公園に連れ出してもらっての散歩と、自分で近所を巡る散歩の2回に分けて行っている。考えてみればここに引っ越して十数年、家の前に駐めてある車にすぐ飛び乗ってしまい、歩いて近所を回る機会などほとんどなかったかもしれない。やっと近所に少しだけ詳しくなれたかもしれない。1万歩に達したといつかは書きたいが昨日は8000歩まで。一昨日歩きすぎた(ことはないが今の私にしてはいきなり距離を延ばしすぎた)ため、自重することにした。次は大台を目指したいし、せっかく電車の駅まで歩いているので、そのうち駅から電車に乗って街に出てみよう(小学生レベルの「冒険」のようだが)と思う。

歩行器

 公園を散歩していると(あるいは近所を散歩していると)、同じように歩いている人を見かけて「あの人も私と同じように脳卒中になったのかな」と思うことが増えた (自分が気にしているからだろう)。実際には違う人もいるだろう(ごめんなさい)が、なんとなくそうかなと(そんなにもいないか。いるのかもしれないが)。先日は道路を歩行器のようなものを使って歩いているご老人を見かけて「頑張ってください」と心の中で思うとともに、入院生活が懐かしく思い出された。しかし自分もまた歩行器を使わなければ今ごろ歩けなかったかもしれないのだ。決して他人事ではなかった。