脳幹出血からの帰還13  入院時の思い出(1)

作業療法士のTさん

 入院時には多くの人にお世話になったが、特に作業療法士のTさんには大変お世話になった。私がまだ意識がはっきりしない頃からのおつきあいだった。彼には私の動かない左腕や手によく働きかけてもらった。彼には3月退院、5月復帰などという(今となっては無謀とも思える)プランを彼に話していた。実際、退院はその3月よりも早まり、リハビリテーション室で彼に会ったとき(彼は急性期病棟担当のようなので退院時には私の担当ではなかった)には「まだ高校入試終わってないですよw」と声をかけられもした。私自身が「公立高校入試が終わり、発表の頃」という退院プランを彼に語っていたことがあったからだ。教壇に立つ日が来れば、彼をはじめとするリハビリテーション室のスタッフの話をするだろう。医療に関心があるが、医者になるのはハードルが高いなら、そっちを目指すのはどうかと言うかもしれない(一番主体的に動くのはやはり医者だ。みんな医者の指示で動く)。恥ずかしながらリハビリテーションのスタッフにどういう役割分担があるのか、「理学療法士」「作業療法士」「言語聴覚士」など資格の名前は知っていたが、以前は細かく説明できなかった。今なら実体験を交えて説明ができる。ほかにも病院スタッフには資格のある人ない人、実に様々な人がいるんだなとこの入院中に勉強した。その日常の苦労もまた見てきた。どんな仕事も大変なお仕事だと思う。

3週間ぶりの風呂

 ある日、彼は私を見て「風呂に入ってない?」と気づいてくれた。入院してまだはっきりとした意識がない頃にストレッチャーに載せられてシャワーを浴びたことは覚えている。それ以来、身体は拭けども風呂に入っていない。数えたら3週間以上経っていた。病院に入院するということはそんなものなんだろうと半ば諦めて看護師さんにも尋ねてなかった。自分には未開の地への渡航経験とかないので、そんなに長く風呂から遠ざかったことはなかった。入院途中、なぜか発熱してしまい点滴生活に逆戻りしてしまった時期もあったから、風呂に入るタイミングを逸してしまったのだろう。やがて看護師さんに話が伝わり、即座に風呂に入れることになった。さすが3週間も入っていないと皮膚(ではないのだろうが)がぼろぼろと落ちていく感覚だった。一番うれしかったのはやっと頭が洗えたことだ。なお、この頃は出入りこそ介助必要、浴槽には入れずシャワー浴だったが、それでも人生で最も快適な風呂だった。

回復期リハビリ病棟へ

 その後、回復期リハビリ病棟への移転が決まる。それは(私にとっては)唐突だった。決まったと知らされてその日の午前中には車いすに乗って移動した。当時もうすでに昼間のトイレなどには歩行器を使っていたのだが。