脳幹出血からの帰還10 退院とその後(3)

 我が県出身の有名なプロレスラー、故橋本真也氏も脳幹出血で亡くなっていました。病院でもらったか見た文書で自分の病名は知っていたのでそれで検索して出てきた彼の名を見た覚えがあります。私は(同世代間では珍しく)プロレスには詳しくないし、興味も関心も薄かったんですが、彼の名前と姿は覚えています。意外に罹患者(そして犠牲者)は多いようです。その割に情報は少なく、ググっても「脳出血」全般のサイトにいってしまいます。私の家族も一度は「覚悟」を決めた病気、生きのびてこうしてPCの前に座っている人間もたまにはいることを知ってもらったほうがよいかもしれないと自分の記録を記しています。

 そして改めて生きていることに感謝する日々です。この世にまだ自分はいるんだと朝自宅で目覚めるたび、大地を踏みしめて歩くたびに実感する日々です。私の「第二の人生」がこうして始まりました。拾ったいのち、大切にしてください(大切にしたい)とはここしばらく会う人と話してきたことです。

 退院後も入院時と同じく5000歩/日を目安に歩きに出かけていますが、入院時は連続して歩いていない(連続して歩くのは1500歩ぐらい。それを積み重ねて5000歩に到達していた。何せ端っこの病室だったのでホールまで食事のため往復するだけで300歩ぐらい稼げたのだった)ので、2500歩も連続して歩くと脚に疲れが来ます。頭では歩けると思っても脚は正直。疲れてくると足の運びが少しおぼつかなくなります。罹患前は何キロでも歩けたのに。まだまだ体力が足りないなと痛感します。もっと歩く距離を延ばしたいところですが。