【勉強法】授業に集中するということ

授業に集中すれば・・・

 この仕事をしていると、学校であれ、塾であれ、もっと授業に集中すれば、こんなに成績で困ることもないのに・・・という例が少なくありません。

 私自身振り返っても、小学校高学年~高校の授業では他人よりもかなり集中していた方だと思います。おかげで中学校での勉強には困りませんでした。家での勉強は中学生のうちはそんなにたくさんはしていません(家庭学習の習慣がついてなかったために、高校に入ってから苦労することになるんですね、だからこれは余りというか全く自慢話にはなりません)

まずは集中を

 勉強ができないけどできるようになりたいという気持ちがある子は、まず学校の授業に集中しましょう。塾に通っている子は塾の授業にも集中しましょう。私が塾をやっていて一番気を遣ったのは、その瞬間みんな集中しているかということです。一人でも集中していない生徒が目につくと大変気になりました。あて続けたり、手も挙げていないのに指名したりして集中させましたが。

ノートは記録するためのものではない

 授業に集中するための手段として、10代の私はノートをとることに必死になりました。ノートは見返すためにあるのではなく(時々見返すことはありますが)、その場で集中するためにとるものだという感覚です。

聞いているだけではぼーっとしてしまう

 ただ「集中しよう」と思って授業を聞いていても、ぼーっとして右から左へ抜けてしまうのは当然です。私もノートをとっていないとよくぼーっとして右から左へと抜けてしまいました。聞いたことをメモしようとすると自然と必死になります。こういうとき、黒板に書いてあることを散発的に書くのがノートではないのです。そんなのは当たり前。聞いただけのこともたくさん書きました。上級編としてはそれを自分なりにその場で整理できるといいですね。

超天才なら

 だから、古典的なことなんですが塾ではノートをとることに厳しかったわけです。授業中、書くものを常に手にとっていない子(すぐ机に鉛筆を置いてしまうような子)がいると、気になって仕方がありませんでした。書くものを置いてしまうと言われたことをすぐにはノートにとれません。授業に集中していない可能性があるからです(例外もありますが)。よく言っていましたが、よほどの天才はじっと聞くだけでも集中できるようです。実際、高校のいくつか上の先輩の超天才は授業中じっと前を向いて話を聞くだけだったそうで、先生のほうが怖いくらいだったそうです。私は盆栽じゃなくて凡才でしたから、それでは集中できないなと思いました。

「大事だと思うところ」は分からない

 よく「大事だと思うところはメモをしましょう」と言いますが、どこが大事か分かっていれば勉強なんてする必要がないんです。私は雑談・冗談も含め、ほぼありとあらゆることをとりあえず書くことから始めました。それは記録を残すためでなく(記録は残りますが)、集中するため。自分で大事ではないと捨てていた内容に大事なことが入っていることがあります。上級編としては「大事ではない」ことに「大事なこと」を見いだせる人が勉強の達人なんだろうなと思います(本当にどうしようもなくつまらないならそこから得られる教訓でもいいので)